北京語学研修速報第8号 2月6日 万里の長城 明の十三陵

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万里の長城

    2月6日(土)、研修最初の休日を迎える。午前は万里の長城(八達嶺)、午後は明の十三陵(定陵)に、旅行社のバスで出かけた。
    昨晩から雪が降り続けたため、北京では珍しく雪2センチくらい積もった。朝から白楼の前をおばさんが雪のけをし、足元が滑らないようにしてくれた。長城に出かけるにあたり、全員ホッカイロを持ち厚着をするように、全防備を指導した。長城は外大と違い、標高があり、凍える寒さであったが、生徒たちは上着に着いた雪の結晶を見て、「本当に雪印マークなんですね。」と感動していた。校長先生が登られた突け抜けるような青空のもと、絶好の観光日和の長城とは正反対であったが、めったに遭遇することのできない雪の長城に生徒たちも感激ひとしおであった。また、山腹には北京オリンピックのテーマ看板「同一个世界,同一个梦。(Tóng yíge shìjiè , tóng yíge mèngxiǎngひとつの世界、ひとつの夢)」が誇らしげに掲げられていた。

    万里の長城は、全長約9000㎞、司馬遷の「史記」に長さを「万里余」と記されたことが名前の由来だが、その総延長距離は5万㎞を超える。春秋戦国築かれたい民族や隣国の襲来を防ぐ土壁を、中国統一を果たした秦の始皇帝がつなぎ合わせ、北側の国境地帯を守ったのが歴史の始まりといわれている。
    八達嶺は入口から向かって左側(南)は急な坂<男坂>、右側(北)は緩やかな坂<女坂>に分かれている。生徒たちは左右それぞれ半々に分かれた。長城の雄大なパノラマに圧倒されたが、雪や寒さに負けないたくましい生徒たちであった。長城の坂を滑り台のようにして、お尻が濡れようがお構いなしに滑っていた。
    毛沢東の言葉に、“不到长城非好汉。”Búdào Chángchéng fēi hǎohàn (万里の長城を登らない者はりっぱな人ではない)というのがある。「立派な人間」になれたであろうか。

明の十三陵(定陵)

    定陵は、明(Míng)の第14代皇帝神宗万歴帝とふたりの皇后(孝端皇后と孝靖皇后)の合葬の陵墓。十三陵の中で最初に発掘された陵で、地下宮殿として有名である。地下27m、建築面積1195㎡の石造の墓室で、前殿、中殿、後殿、左殿、右殿からなる。日本では豊臣秀吉が朝鮮侵略にあたっていた時代で、「秀吉軍に対して、明は朝鮮に援軍を送ったが、この墓を造るために戦費が足りなくなり苦戦した」という話は有名である。

    また、地下5階ほどのところに地下宮殿が広がっており、皇帝が座る「宝座」などが展示されており、死後にも皇帝の権力を誇示しているかのようであった。


<生徒の声から>

  • バスを降りた瞬間凍えるくらい寒かったです。女坂のほうに登りました。女坂は坂道がすごくつらかったです。男坂はどのくらいすごい坂なのか気になりました。行ける所まで登って、下りはみんなで滑り台のようにして滑って降りました。(佐々木)
  • 今日は白く輝く天から降る雪の妖精さんが僕らに降り注いできました。僕は思わず空を見上げ空に向かって愛を叫んだ。すると天が答えるように大粒の雨が降ってきた。「妖精さんありがとう。そして僕はチッカッぺカレー。それから僕は男坂を突き進み、わが身を焦がす?太陽を恨む。イカロスのような僕の足はいつまでもつのだろう。それを確かめ、登り、万里の長城を滑り降りた。(詩人・野路)
  • 万里の長城に行きました。男坂に登りました。女子が2人だけだったけど、男坂の厳しさがすごかったけど、登りがいがありました。90度くらいの階段や手すりのない坂は登るのがきつかったけど、降りる時が怖かったです。すれ違う人とあいさつを交わしたり楽しかったです。十三陵は、広くて歩くのがつらかったです。(冬木)
  • 今日は一番楽しみにしていた万里の長城に行ってきました。もちろん男坂の方を登りました。坂や階段が急すぎて大変でした。とてもいいトレーニングになってよかったです。頂上に着いたときにはもう足が上がらない状態でやばかったけど、そこから見た景色の雄大さで足の痛さも忘れてしまいました。雪のために眺望は効きませんでしたが素晴らしい冬景色でした。長城で雪が降ることは珍しいので逆に貴重な経験ができてうれしかったです。(牧田)
  • 今日の万里の長城は雪が降っていたし、坂が急だったので大変でした。滑り台のように滑ったのは楽しかったです。でも・・・日本人のオバさんに少し怒られました。(山本)
  • 万里长城

        2月6日(星期六),我们迎来了研修以来的第一个周末。上午,我们坐着旅行社的观光巴士来到了八达岭长城,下午去了明十三陵(定陵)。

        北京从昨晚开始下雪,第二天的时候雪已经积了两厘米厚了。为了不让人滑倒,宿管的阿姨一大早就为我们清扫了楼前的积雪。长城海拔很高,一定会很冷。出发以前,提醒每位学生要带上暖暖包,穿厚的衣服,注意防寒。学生们看着自己衣服上结的冰花,都感叹着说“这简直就是雪印的商标啊”。校长前些天登长城的时候赶上了好天气,碧空万里的大晴天。而我们今天登长城却正好相反,不过,能在雪中登长城也是很难得的,我们都很兴奋。在半山腰上还竖着北京奥运会主题口号的大牌子,“同一个世界,同一个梦想”。

        现存的长城全长约9000千米。司马迁的《史记》中有关于长城“万里有余”的记载,万里长城因此而得名。长城的总长度超过5万千米。从春秋战国时代为防御外来民族入侵而建的土墙,到统一中国的秦始皇为守护北方边境把这些土墙接连起来,再慢慢地演变成了今天我们眼中的长城。

        从八达岭长城的入口处向左(南侧)是陡坡,称为“男坡”,向右(北侧)是稍缓的坡,称为“女坡”。学生们分为两组分别向左向右出发了。大家为长城的雄伟壮观所折服,都已经忘却了天气的寒冷。有的学生也不顾裤子会不会湿,还在长城上蹲着玩儿起滑坡来。

        毛泽东有一句名言,“不到长城非好汉”。我们都已经算是好汉了吧。

    明十三陵(定陵)

        定陵是明朝第14代皇帝明神宗万历与其两位皇后(孝端皇后和孝靖皇后)合葬的陵墓。这是十三陵中最早被发掘出来的陵墓,作为地下宫殿远近闻名。定陵是一个石造的地下墓室,深27米,建筑面积达1195平方米,分为前殿、中殿、后殿、左殿、和右殿。历史上曾有记载说,明朝时,丰臣秀吉曾大举侵略朝鲜,明朝派兵支援朝鲜,却因修建这座地下墓室而导致军费不足,陷入苦战。

        陵墓修建在地下5层左右的地方,那里还陈设有皇帝的宝座,仿佛在向人们展示着皇帝死后依然拥有至高无上的权力。

    〈学生感言〉

        刚一下汽车,就感觉快要冻僵了。我爬了长城的女坡,很吃力。我想知道男坡是什么样的。下坡的时候,我们都是滑下来的。(佐佐木)

        今天的天空是耀眼的白色,从天空中飘下雪花般的精灵,落入我们的身体。我不禁抬头仰望天空,呼唤我的爱。这时,天空又下起了大雨,仿佛是对我的回答。“谢谢你,雪花精灵”。然后,我爬上了长城的男坡。我憎恨太阳,它晒得我浑身发烫。我的脚变得和埃卡露斯的脚一样,我能拥有它们到什么时候呢。我爬上了长城,最后又滑下来。(诗人・野路)

        今天去登了万里长城。我爬了男坡。爬男坡的女生虽然只有两个人,但我觉得很有意思。几近垂直的台阶,没有手扶梯的陡坡,我们爬上去费了好大的劲儿,但下来的时候却更可怕。与迎面爬上来的人不停地打着招呼,很开心。十三陵太大了,我们走了好长时间,有些累。(冬木)

        今天我去爬了期待已久的万里长城。不用说,我爬的是男坡。男坡特别陡,爬的时候很费劲儿,但也是一个很好的锻炼。爬到顶的时候,我的腿都抬不起来了,但是,从顶上往下看时,那雄伟壮观的景色使我忘记了疼痛。因为下了雪,没能看到远处的景色,不过,却也看到了非常美丽的冬季雪景。雪中登长城是一次非常难得的经历,我非常高兴。(牧田)

        今天好累啊,爬长城的时候下雪了,而且坡又很陡。但是,下来的时候滑坡特别好玩儿・・・不过,一位日本阿姨却批评了我们。(山本)

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